土岐頼貞の墓 (3)

 土岐氏は美濃に土着した清和源氏の子孫で、頼貞の5代前の光信の頃から土岐氏を称するようになりました。
 頼貞は土岐氏中興の祖と呼ばれ、以後11代続く美濃国守護としての基礎を築き、また、文武に秀でた武将としてその名を知られています。
 土岐氏惣領を継いだ頼貞は、その子頼清や頼遠らとともに元弘の変(1333年)に後醍醐天皇の令旨に応じて、足利尊氏とともに鎌倉幕府打倒に功を挙げました。
 その後、建武新政に不満を抱いた尊氏が挙兵すると、それに従い、「土岐絶えば是(足利)絶ゆべし」とか「諸家の頭、筆頭の将」と称されるほどの信任を得たといわれています。
 瑞浪市土岐町一日市場、土岐市泉町大富にその居館を構え、晩年は守護職を賴遠に譲り、暦応2年(1339年)、69歳で卒しています。
 頼貞の墓は、土岐氏の菩提寺であった光善寺跡にあり、道路によって東西に分かれた東方の墓所には五輪塔10基、西方の墓所には五輪塔5基、宝筐印塔4基が建っています。頼貞の在銘のある宝筐印塔は、西方の墓所の五輪塔に隣接して建っており、その他の石塔群は、頼貞以前の累代や一族のものと伝えられています。
(岐阜県史跡指定 昭和31年3月28日)

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定年退職後、いろいろなことに挑戦をしつつ旧中山道歩きをされ大湫宿、細久手宿を訪れています。 38日間かけて約535kmの中山道69次を歩いた旅人の旅日記。瑞浪市の大湫宿・細久手宿も登場します。
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