大湫宿問屋場跡

 問屋場とは問屋役、年寄役、帳付役、人馬指図役などの宿役人が毎日詰めていた宿役所のことで、公用荷物の継立てから助郷人馬の割当て大名行列の宿割りなど宿の業務全般についての指図や業務を行ってきた。

(現地看板より)

本陣・脇本陣・問屋場

 中仙道の整備によって1604年に大湫宿が正式に開設され、保々氏が本陣・脇本陣・問屋場を任せられる。
 御公用継立てによリ、公卿・幕使・大名などの宿泊所となる。
 本陣(23部屋、212畳)(現在は本陣は無く、旧大湫小学校の校庭に)
 脇本陣(19部屋、153畳)

(『あるこうよおおくて』より)

問屋場跡

 公用荷物の継立や大名行列時の宿割、人馬の割り当てなど宿の雑務全般にあたった場所です。

(『大湫宿・細久手宿』より)

問屋場跡と白山神社

 問屋場(とんや)とは宿役所のことで、その跡は中町の白山神社入ロの角にあり、問屋役・年寄役・書記役・人馬指などの宿役人のほか下役・定使などが出勤し、公用荷物の継立・差配から大名行列時の宿割・人馬の割当など、宿の雑務全般に当った所である。
 白山神社は問屋場の奥の上段にあり、慶長十七年(一六二二)の再建棟札のある古い神社で、神明神社と共に宿時代からの大湫宿の産土神(うぶすながみ)である。

(中山道ガイドブックより)

 継立ては、宿の労務と稼ぎを平均にするという趣旨から一宿継ぎが規定でしたから、その宿場の人馬が二つ隣りの宿場まで運搬するということはなく、六十九次の名が示すように、京都から江戸まで送られる荷物は、宿々の問屋場で六九回も積み降ろしされるといった不便さもありました。

(瑞浪市の歴史より)

 「問屋」は公用継立て、公用宿泊の指図、宿内諸業務に当たり、問屋役・年寄・帳付・人馬指図・常使・七里(飛脚)などが詰め、荷物輸送から人馬触当て、宿内取り締まりに至るまでの一切の宿方業務を掌った宿役所で、機関を総称して
「問屋場」、人々を「宿役人」と呼び、問屋役は二人で宿泊施設としての「本陣」や、村方役人としての「庄屋」を兼ね
たのが普通である。

 大湫宿の「問屋場」は、宿の中央部北町の白山神社入口左手の角にあり、間口七間、奥行八間、借屋で文書蔵はなかっ
た。規模は書上帳にあるだけで絵図書が無いので詳細は不明である。

(瑞浪市史 歴史編より)

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