聖天様

 この場所は昔の薬師寺跡と言われている。天猷寺四世住職大雲和尚が正徳2年(1712)に時の代官達の力を借りて建てたと伝えられている。聖天杜は大正11年に創建されたお堂で、大聖飲喜天、省略して聖天様(夫婦円満)が祀られている。現在お堂はなく、石に刻まれた彫り物だけが残っている。境内には安藤白兎の発起により、芭蕉の百年忌供養として建立された俳聖句碑を初めとする、いろいろな石造物がある。
俳聖句畏 この辺り 目に見ゆるもの 皆涼し
(この句は長良川で詠まれたものと言われている)

(瑞浪市下街道マップより)

 釜戸町聖天境内の千日念仏塔も全高二・五mの立派な笠付塔で、蓮華台も付けられており石造美術の上からも見事なもので、塔身の正面に「千日念仏供養塔」他の三面に「為有縁無縁 正徳五乙未歳三月八日 施主釜戸七箇村 同行禅超(ほか僧侶三名)塔施主荻嶋有賀氏」とあるものです。
 この刻銘文からは、釜戸七ヵ村の念願によって宝珠寺二世禅超和尚ら僧侶四名による千日念仏の勤行が行われ、この年満願となって有賀氏の出資でこの塔が建立されたと見ることができるものです。この聖天様境内にはこのほかにも廻国碑・地蔵石像・俳聖句碑らの石造物群があり、現在の荒廃振りが惜しまれます。

廻国塔

(正徳二・一七一二・奉納大乗妙典 日本六十六部廻国)
 宿聖天様のものは最も古い上に立派な笠付塔のもので、正面に「奉納大乗妙典」両側面に「日本六十六部廻国 正徳二壬辰歳二月吉日 一関禅超欽白」とあるものです。この日本廻国という大事業を達成した禅超は上切宝珠寺の二世で、この聖天様境内に並らんでいる正徳五年の千日念仏塔(読誦勤行)の主催僧となった人でもあり、厳しい勤行に精進した和尚であることが判ります。

 聖天様境内は荒れ果ていますがここには正徳二年(一七二一)の回国塔、同五年の千日念仏供養塔、宝暦十二年(一七六二)の地蔵尊、それに寛政十年(一七九八)の「此の辺り 」の俳聖句碑があるなど市内でも特記される石仏群のある所です。聖天様はもと宿の薬師堂のあった跡です。

(ふるさとの石碑と灯篭より)

歓喜天(聖天様)釜戸町宿薬師寺跡

 近世以来、民間で施福、和合の神として尊信されている一種の性神。俗に聖天様と云われ、詳しくは大聖観喜自在天(だいしょうかんきじざいてん)というもので、元来婆羅門教(ばらもんきょう)中の神格であった。仏教に習合して韋駄天の兄弟たる守護神になった。象頭・長腹・長耳・一牙の怪姿で表現され、双身形のものには男女相抱く様を表わすものがある。名誉と富財、艶福をもたらす性格が強調され来たり、近世立川流の真言教のうちに摂取され民間では相場師、博奕打、俳優、芸者、その他水商売の者が篤く信仰し特に男女交会の喜びを保証するものと見られて来た。釜戸宿の岩屋祀跡は大正年間隆昌したが、昭和初期の大洪水
で被害を受け、後衰えた。今は祠のみ残っている。

芭蕉の句の供養碑

寛政十年(一七九八)白兎らによる釜戸町宿の碑
この辺り 目に見ゆるもの 皆涼し  釜戸町宿聖天様境内

(瑞浪の石造物より)

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