釜戸町公文垣内 諏訪神社

瑞浪市釜戸町443-444(公文垣内)
【祭神】建御名方命・八坂刀売命
【例祭日】10月第2日曜日
【由緒】寛文年間(1661-1673)創祀。創立年月日不詳。寛文2年(1662)2月9日美濃国土岐郡釜戸村住人保母総左衛門尉正次心願により再興。古来村社。一般に、神社は西向きか東向きに建てられているが、ここは珍らしく北向きに建てられている。これは公文垣内全体を見渡すことのできる場所で、しかも傍らに清らかな谷川が流れているので、ここを霊地と定めたものと思われる。また、本社が北方の諏訪にあるので、そちらに向けたとも考えられる。
(岐阜県神社名鑑より)

祭神 建御名方命(たけなみなかたのみこと)・八坂刀売命(やさかとおのみこと)
諏訪神社
瑞浪市釜戸町443・444番地(公文垣内)

入念な匠の技の残る本殿
 釜戸町の西の端近く、土岐川左岸の山裾に大明神と呼ばれる洞があります。この洞の入口に、旧公文垣内(くもがいと)村の氏神様諏訪神社が祀られています。
 一般に、神社は南向きか東向きに建てられていますが、ここは珍しく北向きに建てられています。
 その理由は伝えられていませんが、おそらく、公文垣内全体を見渡すことのできる場所で、しかも傍らに清らかな谷川が流れているので、ここを霊地と定めたものと思われます。
 また、本社が北方の諏訪にあるので、そちらに向けたとも考えられます。
 創立年代は不詳ですが、保母氏、後藤氏を本願主として村中(今の区)で修造した旨を記す寛文2年(1662)の棟札がありますから、江戸時代の初期には既に祀られていたものと思われます。
 その後の延享、明和、天明寛政期の修復記録の棟札も残されています。
 本殿は間口1.8メートルほどの流造一間社ですが、極めて丁寧な手のこんだ造りになっており、見事な彫刻が各所に施されています。
 最近では、昭和43年、本殿の屋根替えが行われました。平素氏子が手入れしているものの、森の中にあって傷みが激しいため、同じ年に覆殿も建立されて、今の姿になっています。
 昭和の初期には、秋の大祭に屋台店も出て、子ども達の大きな楽しみの日でした。
 また、夏休みのラジオ体操もここの拝殿前で行われ、戦時中は、少年団でわらび採りをして拝殿の床に広げ、きれいに揃えたものを売って、そのお金を国防献金にしたものです。
 ところが、戦後子ども達は神社から遠ざかってしまいました。
 しかし、昭和63年、子供御輿と太鼓・幟が新調され、子ども達は御輿をかついで区内を賑わしく廻って祭に参加できるようになりました。
 子供の数の減っていくのが心配ですが、この伝統が長く続くことを祈っています。
(瑞浪市の神社[H10発行]より)

公文垣 諏訪神社

 村社。保母氏が本願主となり、村中で再建したという寛文2年(1662)の再建棟札があります。陶製のこま犬1対が伝承されています。

(釜戸再発見mapより)

灯籠

公文諏訪神社(宝暦十一・1761・対・円・御宝前村中。施主保母氏)

(ふるさとの石碑と灯篭より)

公文垣内 諏訪神社

 祭神 建御名方命 八坂刀売命 旧村社 最古棟札 寛文二年(一六六二)修造 釜戸町公文垣内
 建立はさらに古けれど不詳にて保母・後藤氏および公文垣内村中にて産土神として修造せし寛文ニ年修造の棟札を最古とする。
 延享・明和・天明以降の棟札を存す。陶製狛犬一対あり。

(瑞浪市史 歴史編より)

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