明治13年6月28日明治天皇ご巡幸の折、ここで昼食をとられた。

(瑞浪市下街道マップより)

明治天皇釜戸行在所

 明治13年(1880)6月29日、明治天皇御巡幸が釜戸を通られました。
 460名という大行列で、天皇は小川兵蔵方で御昼食をとられました。

(釜戸再発見mapより)

 明治十三年の明治天皇巡幸が下街道使用と決定されてから、従来の中山道に代わってこの方面の交通網は急速に整えられた。

天皇の巡幸

 新政府は一応新政策も軌道に乗り、国内の治安も治まってくると各地方への天皇巡幸のことを決め、中山道筋では三重県までの巡幸が明治十三年に行なわれることになった。
 明治天皇巡幸のことは同年の春に中山道へ内示され、四月十四日には県官三名が大湫駅に止宿して、中山道の大改修が近郷の地元民の手によってはじめられた。
 溝を掘り曲部を直し、千本搗きで固める作業で、大井~大湫・細久手~土田~名古屋間について行なわれた。釜戸大久後地内の新道坂百間の新工事や、大湫~細久手間では琵琶峠の急坂経由を廃止して刈馬草-大平-松枝-北野辻経由の新道工事の行なわれたのもこの時である。
 その途中の二十六日、大井~名古屋間については下街道使用に変更らしい旨が伝えられて中村中土岐郡長が検分に訪れ、五月一日には県官も出張して下街道筋巡幸決定と発表され、三日からの道作りは急拠下街道に変更して行なわれた。
 以降下街道の改修工事は続行され、東では今宿追分立場経由の道に代わって槙ヶ根新道が開かれ、釜戸地内では東大島・公文垣内、土岐地内では鶴城・清水などで一部路線変更も行なわれ、土岐川にかかる中切大橋も新しく掛替えられて、巾二間平均の下街道が完成した。
 明治天皇は六月十六日東京出発、同月二十九日釜戸・土岐小休止で、当市内へ入られ、七月二十三日東京帰着の予定で三重県へ向かっていかれた。

市内の休息所

 同年五月からは、六月ニ十九日の市内御通過を前にして県・郡官も派遺され、下街道の一部改修、道直し、行在所(御休泊場)の決定と検査などが相次いで行なわれた。時は田植時とあって大変であった。
 巡幸は二十八日大井(伊藤弥兵衛)泊まり、竹折柳橋(遠山治郎平)小休止、釜戸中切(小川兵蔵)昼食、土岐一日市場(安藤茂左衛門)小休止で当市内を通過され、高山(深萱英治)小休止のあとその日は多治見(西浦円治)泊まりで行なわれた。

(瑞浪市史 歴史編より)

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