江戸時代、中山道と三河を結ぶ街道を三河街道といい、江戸時代前期は、駄知から明賀洞を経て猿子村(益見)から益見橋付近(山渡し)から名滝、半原を経て大湫宿へ出ていました。
 天保年間に「ハラコ橋」がかかり、山渡し経由からハラコ橋経由に変わり、この道標はハラコ橋経由大湫宿へ行く道と、岩村、明智への分岐点に建てられたものといわれています。
 三河街道は、三河地方の藩主が、参勤交代の折によく利用していました。

(土岐地区 郷土再発見より)

このHPの使用画像について

瑞浪のPRをしていただけるのであれば、本サイトの掲載画像を使用ください。 画像をクリックし全体写真が表示されたら、右クリックで「名前を付けて画像を保存」で高解像度データーでダウンロードできます。 「画像使用申請フォーム」にて利用する旨をお知らせいただき、提供元として「Ⓒ瑞浪.com」又は「瑞浪市観光協会」を表示をしてください。よろしくお願い致します。

関連記事

観光協会のおすすめ !

★注意 ホームページ営業について

瑞浪市観光協会をかたって、ホームページ作成の営業をかけている業者がいます。当会とは関係がありませんのでご注意ください。

瑞浪市観光大使 活動中!

瑞浪を動画で見てみよう!

観光パンフレット

Twitter でフォロー

リンク用バナー

相互リンクをお願いします!詳細はお問合せ下さい。











遊びと体験を楽しむ!

safety tips for pc Safety tips for smartphone

みずなみ観光タクシー

画像提供ページ

★注意 ホームページ営業について

瑞浪市観光協会をかたって、ホームページ作成の営業をかけている業者がいます。当会とは関係がありませんのでご注意ください。

ページ上部へ戻る