五輪塔
(由緒不明・宝箇印塔一基と並らぶ、小型)

宝篋印塔
(一基分・由緒不明、五輪塔三基と並らぶ 小型)

(ふるさとの石碑と灯篭より)

宝篋印塔
 これはもと、五輪ケ峯に、あったものを区民が奉仕して、奥名弘法堂に移祀したもので完全形の五輪塔が二基・不完全なものの五輪一基と宝医印塔一基がある。

(瑞浪の石造物より)

瑞浪市の建物 土岐町奥名の弘法堂

 「奥名地区では地区民の総力で大般若会を150年も続けてみえるそうやよ」と聞き、「どの様な方々がどの様にして続けてみえるのか」と興味を持ち、お話を聞きにお伺いしました。
 桜堂薬師から新白狐温泉に通じる国道421号線を北に進むと釜戸境に下沢・名滝地区があります。そこから屏風山に向かって1.5キロほど進んだところが奥名です。訪れてみると道路沿いに家が建ち並び、きれいに手入れされた田畑が広がるという穏やかな里の風景に出会いました。そこから急峻な山道を登ること10分、ひっそりとした杉木立の中に弘法堂があり、その隣には四基の五輪塔が建っていました。
 人里から遠く離れた場所にもかかわらず、きれいに整備されているのに驚きました。聞けば長寿会の方たちが草を刈って手入れをされているとのことでした。
 長老の方に話を伺うことが出来ました。「文久2年(1862)奥名地区の住人代表が金一両二分の大金を整え、“十六善神”の掛け軸一幅を迎え、菩提寺である信光寺(第12世謙令和尚)に寄進して奥名大般若会永久供養を請願したのが始まりである。当時は度重なる自然災害、疫病の流行、また人心の乱れなどがあり、それを鎮めるために御仏の力にすがったのではないかと言い伝えられている。
 以来150数年、大般若会は毎年1月28日に行われている。十六善神の掛け軸はこの日、信光寺から奥名に里帰りする。講元は奥名区十五戸を上組・下組に分けて交互に受けもっている。その当日の飲み食いはつい最近までは当番に当たった人の家で行うことになっていた。だが7、80人もの飲み食いを一軒の家で受け持つことは大変なことで、家族総出でも人手が
足りず親類縁者の応援を仰いでいた。現在では公民館で行うようになり、公民館にはそのための食器も用意されている。主婦たちからは有難いの言葉が聞かれるようになった。この大般若会の前日には餅をつき、当日には地域全員が一堂に集まり飲食を共にして語り合う楽しいひと時を過ごしている。」
 お話をお聞きしながら長老さんの「区民全員が協力してやることに意義がある」の最後の一言が強く、印象に残りました。
 お話は続きました。
 「奥名は昔は名滝地区に属しており、奥名滝と言っていたが独立して奥名になった。奥名への入植は保元・平治の乱後、戦いを嫌った武将が一族を連れて未開の奥名を開いたのではないかと伝えられている。因みに地区内にある二基の五輪塔が京都三千院にある清盛の母の墓石に似ている」まさかここで保元・平治の乱、清盛の母が登場しようとは、何とも歴史にロマンを感じさせるお話でした。(文責:小栗)

(なんじゃもんじゃ第26号より)

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