日吉町社別当 天津日神社(あまつひじんじゃ)

瑞浪市日吉町6034
【祭神】天照大御神
【例祭日】10月中旬日曜日
【由緒】創建年月日は不詳。古老の口伝によると「往昔蒙昧とし雲霧放れず数日晴天を仰ぐことができなかった。里民等は之を患い神祗を祈った。或日此処より雲霧晴始め、遂に晴天白日を歓仰し、当地に祠を創建した」という。これは一書に孝霊天皇の御代の頃と言う。今に到っても遠国の人々が参詣し、諸社巡拝の人々も当社を漏らすことがない。明治6癸酉年5月15日無格社に列し、昭和21年政教分離により無格社の社格自然消滅。神社本庁に所属して今日に至る。
(岐阜県神社名鑑より)

天神 天照大御神(あまたらすおおみかみ)
天津日神社(あまつひじんじゃ)
瑞浪市日吉町6034番地(社別当)

雲霧ここより開けて晴天白日
 社別当(しゃべっとう)坂を登りつめた所、慈照寺(じしょうじ)のすぐ下に天津日神社が祀られています。
 この神社の創建については次のような言い伝えがあります。
 昔、むかし空一面が黒雲に覆われ、野山に雲霧が立ちこめて、全く太陽を見ることのできない状態が続いていました。稲も野菜も全く育たず、人々の体もすっかり弱ってしまい、一刻も早く雲霧の晴れるようにただただ神に祈り続けていました。
 暗い暗い不安の日の続く内にある日、ちょうどこの地からすっと雲霧が晴れ始め、遂に全天が明るくなって晴天白日を迎えることができたのです。
 人々は歓びの声をあげ、神様の御加護に感謝してここに社を建てました。
 これが天津日神社のはじまりです。第七代孝霊天皇乙亥五年のことで、その時富士山と江州(ごうしゅう)の湖水(琵琶湖)が見えた、と伝えられています。
 このような伝説はあっても棟札や古文書は無く詳細はわかりません。
 しかし、美濃御坂越記という書物に、先述のような伝説とともに、
萬代(よろずよ)をとぎすみ神の日の霊
 ここより永世(とよ)の明り立らん
という古歌が記され、西行法師の歌にも月吉日吉を詠んだものが残されていることなどから考えると、ずいぶん古い由緒をもつ神社と思われます。
 棟札としては元禄11年(1698)再興のものが一番古く、宿洞村だけでなく、日吉総代庄屋以下の名があり、明治時代に拝殿を改築した時の寄進者にも、日吉村各区と月吉の人の名がありますから日吉郷中で祀っていたものでしょう。
 本殿は間口1.2メートルの桧皮葺流造で、拝殿は割拝殿という真中に土間のある珍しい造りのものでしたが、平成七年に全面改築され、割拝殿は過去のものとなりました。
 この神社は、古くから日の宮と呼ばれて崇められ、御神体は日の玉とか日のおさがりといわれる大きなビカリアの化石でしたが、昭和39年にそれを保管していた慈照寺の火災で燃失してしまったのは本当に残念です。
(瑞浪市の神社[H10発行]より)

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