稲津町小里トウガイト 石憧 亥の神

六地蔵六面憧 小里トウガイト地内
H144cm(地上)刻銘なし
龕部に六地蔵を彫る
宝珠并基礎紛失す

 稲津には小里トウガイト(俗に六地蔵=ここは昔刑場だったという)に、重制の六地蔵六面憧が一基在るが、宝珠と基礎は失われて見当たらない。紀年銘なども見当たらないが、小里記その他の記録などから、少なくとも二百三、四十年以前の造立と推察される。

(稲津の石造物より)

小里刑場跡附近の石憧

 小里の旧道と新道が合して、山の田へ向かう三差路の南側、精肉、タバコ、新聞業の本宅前に、六地蔵が折れ重なったようにして家と家の間の路地にひっそりと置かれていたが最近復原された。宝珠の部分はなくなっている。現状の高さは140cm。宝珠は、新道ができる以前は、たしかにあったとかで、家屋の持ち主の話によれば、「馬車引きの連中が、車をとめ、馬をこの石憧にしばりつけておいて、茶屋へ入っているうちに、馬が草をはむ為に移動した拍子に崩れたとのこと。その後、馬持ちでなおしたが、時々倒れるようになって、ついに、そのままにしてあった。宝珠もあったはずだが、いつのまにか下の方へころげ落ちてしまったのでは」とのことだった。
 この地蔵には、妙本坂の地蔵とて、昔この辺りで罪人を切って、下の流れの中へ死体を投げこんだが、その霊が、夜な夜な坂道を上るとかで、人々は、タ方になると誰も通らなかったとのこと。
 「濃州小里記」を読んで見ると、二十六話に、助右ェ門上洛から帰城の時、迎馬遅刻の廉で貧之籤(くじ)に当った二人を成敗す。とあり、二代目光親氏は非情な方で折々、家来を成敗したとあり、三代目は江戸で逝去し、子どもがなかったため、小里家は
廃絶された由である。最近復原されたことは、うれしい限りである。

亥(い)の神(稲津町小里)

 石憧の部で紹介した小里刑場跡の六地蔵の西側にもたれかかるかのように変形の自然石に、亥神と刻銘されている。総高地上面60cm、地中に埋っている部分は約20cmとのこと。巾は約30cm。
 稲作を刈り上げ、籾を全部落としてしまった日にコバシアゲの祝をする。
 藁一東と重箱にごち走を詰めて亥の神または山の神に参拝しごち走を分かち合ってたべる。以上のことからこれを亥の講とも呼ぶ。こんな意味で亥の神が祀られたのである。

(瑞浪の石造物より)

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