小田 八剱神社

八剣神社 岐阜県瑞浪市
(『瑞浪市の神社』より 平成10年)

小田 八剱神社

瑞浪市小田町1-227
【祭神】日本武尊
【例祭日】10月第一日曜日
【由緒】第12代景行天皇の御代に日本武尊が西国のクマソを討ち、さらに東国を平定する為に伊勢神宮に戦勝祈願され、その折に叔母の倭姫命から剣を授かって賊を退治に出掛けられた。途中幾度かの難を越えられ帰途につかれ、また、伊吹山の賊が暴れ、平定はされたが、不運にも、悪い毒に当たって重い病にかかり、遂に亡くなってしまわれる。物語は、皆の知るところであるが、その後、尊の傍にあった剣が白鳥の姿となって東へ飛んで来て小田の郷に降り立ったという伝説があり、後に一本の剣が残っていた事で、里人等が持ち帰って八剣の宮として祀ったといわれている。当八剣神社の現在の標札として残っている最古のものは享保2年(1717)で、八剣の名称は、外賊の難を防ぐ為に天武天皇の時代に草薙の宝剣八振を作って熱田神宮に奉祀したのが始まりといわれ、当神社もそれに、なぞらえて木製の八剣が本殿の中に納められている。
(岐阜県神社名鑑より)

祭神 日本武尊(やまとたけるのみこと)
八剣神社
瑞浪市小田町1-227番地(上小田)

神社にまつわる古い伝説
 佐藤実著「土岐川上郷(三)」所載の八剣神社由来記(有賀恭逸氏蔵)によると、当八剣神社には次のような伝説があります。
 「第12代景行天皇の御代、日本武尊は西国のクマソを討ち更に東国の賊を平定する為伊勢神宮に戦勝祈願された。その折叔母の倭姫命(やまとひめのみこと)から剣をいただかれたが、これが後の草薙剣(くさなぎのつるぎ)である。
 尊はこの剣の力をもって見事賊を討伐されたが、又もや伊吹山の賊徒が暴れたため、それも又平定された。しかし、その時悪い神の毒に当たって重病となり、遂に亡くなってしまわれたのである。
 すると、尊の傍らにあった剣が鞘から抜け、白鳥の姿となって東へ東へと飛び、この小田郷の広野に降り立ったかと思うと白鳥の姿は消えて跡に一本の剣が残っていた。里人はこれを持ち帰って祠を立てて祀り、八剣の宮と名付けた。」
 これは、いくつかの伝承が入り混じって生まれた話だと思われますが、小田の台地が古代この地方の政治の中心地であったことを考えると、この神社の創建を古代とすることもできるでしょう。
 しかし、現存の棟札としては享保2年(1717)再建のものが最古です。
 八剣の名称は、外賊の難を防ぐ為、天武天皇の時代に草薙の宝剣八振を作って熱田の宮に奉祀したのに始まるといわれ、当神社にも木製の剣八振が奉納されています。

珍しい安産祈願柄杓(ひしゃく)の奉納
 昔、熱田神宮大宮司の弟、栗田図書太夫という人が、この社を建て直し、「どんな難病も八剣宮に祈願すれば必ず直る。特に婦人が信仰すれば安産疑いない。」 と語ったという言い伝えの為か、今も安産祈願の参拝者が絶えず、柄杓の底を抜いたものを奉納する風習が続いているのは珍しいことです。
 子供がするりと産まれますようにという庶民の願いがここに見られます。
(瑞浪市の神社[H10発行]より)

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