中山道境

 中山道は、東海道と同じく、江戸日本橋を起点に草津と東海道合流、そのまま大津から京都三条大橋に達する全長百十五里二十二丁、宿場数六十九の東海道とならぷ日本の幹線道です。

(釜戸再発見mapより)

中山道

 中山道は、江戸から京都に至る街道で慶長7年(1602)から江戸幕府によって整備が始められた。中山道は、いわゆる五街道の一つであるが、特に江戸と京都を結んでいるため東海道に継ぐ重要な幹線道路であった。東海道が海沿いの道であるのに対して、中山道は、武蔵、上野、信濃、美濃、近江を通る山の道でもあった。また、木曽海道・木曽街道・木曽路・岐蘇路などともいわれた。
 中山道の道程は、135里13町余(約532km)69宿とされるが、このうち草津から京都までは、東海道を通るので中山道自身の道程は、江戸日本橋から東海道草津宿までの67宿、128里13町3間(約564km)である。
 当時、中山道を通行することになっていた大名は、加賀の前田家、美濃苗木の遠山家、美濃加茂の永井家など30家であった。これは、東海道を通行する大名の数に比べれば5分の1であるが、中山道は、姫街道とも呼ばれ、皇室や公家の姫君が将軍に嫁ぐときに必ず通行する街道であった。なかでも文久元年(1861)の和宮の降嫁は、中山道はじまって以来というひどの大通行であった。
 中山道第46番目の宿場である大井宿(現恵那市)から次宿の大湫宿(現瑞浪市)までの間3里半は、十三峠と呼ばれる坂道や峠道の続く険しい道で、往時の面影をよく残している。槙ヶ根一里塚、紅坂一里塚、権現山一里塚など現在では極めて数が少ない一里塚がほぼ当時のままの姿で残っているのもこの区間である。

(現地看板より)

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